アナライザ(analyzer)とは「分析する(analyze)モノ(er)」という意味。アクセス分析と同じ。 ※無料で利用できるアクセス解析ASPツールがオススメ。 先物取引に施行したパラオ共和国憲法に「暫定的な首都をコロールに置き、(憲法発効から)10年以内に恒久的な首都をバベルダオブ島に指定すること」と明記されていたが、計画は進まずに放置されていた。1999年にクニオ・ナカムラ前大統領が遷都計画を立案し、中華民国からの借款により議会などの建物が建設され、憲法発効から25年経った2006年10月1日のパラオ共和国独立記念日に、コロールから遷都した。 海沿いの集落から少し離れた丘の上に議会 (OEK)、行政、裁判所の三権の最高機関や大統領府などが立地している。 マーシャル諸島共和国の首都である。中部太平洋に浮かぶマジュロ環礁全体を指す。太平洋戦争関連の日本語書籍では、メジュロ環礁と表記されることが多い。 FXは25,400人(2004年)。北緯7度5分、東経171度7分[1]にある。マジュロ環礁は、64の小島からなるが、そのうち主な12島は第二次世界大戦後に埋め立てられ地続きになっている。この地続き部分は、西から東へ順にローラ地区、アジャルタケ地区、ロング・アイランド地区、デラップ地区、ここで北へ向かって、ウリガ地区、ダリット(リタ)地区に分かれる。元々、マジュロ島と呼ばれていた環礁最大の島は、ローラ地区になった。中心となるのはデラップ、ウリガ、ダリットの3つの地区である。商業の中心はウリガ地区で、官公庁はデラップ地区に存在している。ダリット地区は住宅街である。環礁のうち陸地は9.7 km2しかないが、礁湖(ラグーン)の面積は295 km2もある。 この地域はポリネシア系民族が住み、ウベア島のウベア、フツナ島のシガベ、アロフィ島のアロの3つの王国(首長国)があり、広く交易を行っていた。最初のヨーロッパ人との接触は17世紀および18世紀である。1616年にオランダのJ・ルメールがフツナ島を発見。1767年にはイギリスのサミュエル・ウォリスがウベア島(ウォリス島)を発見した。 FXにこの地に植民地を建設したのはフランス人で、1837年の宣教師到着が端緒である。フランス人によって島民のカトリックへの改宗が進められた。 1842年4月5日、先住民たちの間で反乱が起こり、これに対して他の先住民たちはフランス人に保護を求めた。1887年4月5日、ウベア島の女王は公式にフランス保護領となる条約に調印し、残るシガベとアロの王たちも1888年2月16日に保護領となる条約に調印し、これらの島々はフランスのニューカレドニア植民地の管理下におかれた。 1917年、3つの王国はフランスに併合され、フランスの植民地ウォリス・フツナとなったが未だニューカレドニアの管轄下にあった。1959年、独立した領土となるための住民投票が行われ、1961年にフランスの海外領土(Territoire d'outre-mer、TOM)に昇格し、ニューカレドニアの一部から脱した。2003年に海外準県に移行している。 ウォリス・フツナは3つの伝統的な王国に分けられている。ウベア島のウベア(Uvea)、フツナ島西部のシガベ(Sigave)、アロフィ島およびフツナ島東部のアロ(Alo)である。ウベアはさらに3つの地区、ハハケ(Hahake)、ヒヒフォ(Hihifo)、ムア(Mua)に分かれている。首都マタウトゥは最も人口の多いウベア島の東海岸、ハハケ地区に位置する。 ウォリス・フツナはフランス領土として、フランス憲法(第五共和国憲法)の下に統治され、フランスの法体系を用い、参政権は18歳以上の成人に与えられている。フランス大統領の選挙も5年ごとに行われる。元首はフランス大統領であるが、その代行である長官(Administrateur superieur)は、フランス内務省の助言によりフランス大統領が任命する。政府の長である準県議会議長は、準県議会での選挙で選ばれる。 準県議会は3つの王国の王たちと、準県議会の助言で長官が任命する3人の議員によって構成される。立法府は、5年毎の選挙で選ばれる20人の議員によって構成されている。ウォリス・フツナは元老院(上院)、国民議会(下院)に一名ずつの代表を送っている。 司法は、マタウトゥの第一審裁判所では一般的にフランス法に基づいて判決が下されるが、3つの王国も刑法犯以外の場合に慣習法によって司法判断を下すことができる。控訴審裁判所はニューカレドニアのヌーメアにある。 通貨はニューカレドニア、フランス領ポリネシアとともにCFPフランを使用している。 ウォリス諸島とフツナ諸島に分かれる。、ウォリス諸島はウォリス・フツナの中心地でもある火山性の島、ウベア島(ウォリス島)と周囲の小さなサンゴ礁からなる。フツナ諸島はフツナ島とアロフィ島からなり、2島とも火山性の島である。フツナ島は地震に見舞われるときがあり、1993年、地震に見舞われた。ウォリス・フツナの最高峰はフツナ島にあるプケ山(760m)である。 主産業はココヤシから採れるコプラ、手工芸、海産物であるが、コプラを主とする輸出に比べ、食物や工業製品などの輸入が圧倒的に多い。労働人口の80%はココヤシ・ココナッツ・野菜などの農業、畜産業、漁業に従事し、4%は政府職員である。領域の主な収入はフランス本国の助成金、日本や韓国によるマグロなどの漁業権、関税、ニューカレドニアに出稼ぎした住民の仕送りなどである。フランスに定住したヴァイキングの首領ロロがフランス王からノルマンディー公爵に任命されるとともに933年ノルマンディー公国の領地に編入された。1066年のノルマン・コンクエストにより、ノルマンディー公ウィリアムがイングランド王となったため、イングランド王の所領となり、1204年にイングランド王とノルマンディー公が分離した時もイングランド王の領地とされた。1254年にはイングランド王室の個人領地になっている。この状態が現在まで続き、連合王国には所属しないまま、女王の私領地として存在している。オルダニー島(英国系)以外のジャージー島やガーンジー島の住民はノルマン系フランス人で、今なお農村部ではフランス語ノルマン方言を話す。 第二次世界大戦では1940年から1945年までドイツ軍に占領され、多数の島民が英本土に避難、数千人がドイツ国内の収容所に送り込まれた。5月9日の解放記念日はジャージー、ガーンジ地区とも祝日となっている。 行政的にはジャージー地区 (bailiwick) とガーンジー地区に二分され、各地区はそれぞれエリザベス2世を国家元首とし、女王名代として副総督が任命されている。またそれぞれ独自の自治議会と政府を有し、英国議会には代表を送っていない。住民は英国の旅券をもつが、表紙には連合王国ではなく、 "British Islands, Bailiwick of Jersey" または "British Islands, Bailiwick of Guernsey" と記されている。連合王国ではないため、欧州連合にも加盟していない。 法律はノルマン法で、各郡に裁判所があり、上訴裁判所は諸島全体を管轄する。軍事は英国軍が担当する。 ポリネシア系の住民がほとんどである。住民の中には、職を求めてニューカレドニアに移る者もいる。 言葉は公用語にフランス語で、現地のウォリス語(ウベア語)やフツナ語も話す。 宗教は99%をカトリックが占める。 音楽や民族舞踊など豊かな伝統を持つ。トンガで行われている戦いの踊り、カイラオもウベア島から輸出されたものである。 フィジー諸島共和国の首都であり、中央地域(Central Division)の首府でもある。かつてはスバの北東約20kmにあるナウソリ(Nausori)であったが、スバに統括された。ビティレブ島の南東に位置し、フィジーで最も大きな都市である。南太平洋島嶼国の中でも人口200,000人(2005年)は最大である。14階建てのフィジー準備銀行ビル(Reserve Bank of Fiji Building)は、市内唯一といっても過言ではない高層ビルである。 ナウソリ国際空港が至近であるが、国際線の多くは島の西側のナンディ国際空港に離発着する。ナンディ国際空港からスバまでは、所要時間5時間程度の長距離バスか、ナウソリ国際空港までの航空路を利用することとなる。